第十七章：己が意志（1）

　クソクレスの朦朧とした意識の中に、一人の微笑が浮かびました。
　その微笑みはやがてゆっくりと女性の形となり、クソクレスのすぐ側で、弛む事なく笑顔を作り続けます。
「母上であるか」
　クソクレスには、分かりました。
「母クソーラよ。私には、このような方法しかなかったのであろうか。多くの民を戦いの渦に巻き込み、その魂を犠牲にする戦いを仕掛けるしか、方法はなかったというのだろうか」
　クソクレスの胸の奥にある一欠けらの悔いが、その問い掛けを生み出しました。
「クソクレスよ。己が意志に従い、賭けると決めたはずではございませんか」
　クソーラの言葉が、クソクレスの心を突き刺します。
「私の言う人の世の救いとは、血塗られる事でしか、成し得ないものだったのでしょうか。人々を傷つける事でしか善良なる民を救う事もできぬのか、私には、分からないのです」
　クソーラは、何も答えません。
　しかし、クソクレスにも分かっているのです。
　神とて完全なる意志を持つ万有の存在ではないと言う事を。
　ましてやクソクレス自身、神という概念からしてみれば、まだ、旅立ちを始めたばかりの赤ん坊のような存在に過ぎない事を。
「クソクレスよ。命あるもの、生を全うすると言う事は、簡単な事ではないのです。例えそれが神の子であろうとも」
「人の子と、変わらぬか」
　それは、絶望ではありません。
「ならば私も、我の意志に従おう。
　人が、己が想いを信じ、例え間違った方向へであっても突き進むように。
　我は、我の意志に従わん」
　クソクレスは、心を震わせてその身を起き上がらせました。
「ぐっ」
　体は重く、足を震わせつつも、しかし、しっかりと、その地を踏み締めながら。
　もうクソーラの声は聞こえません。

－つづく－