第十七章：己が意志（3）

　クソクレスが小便の池のあった所まで到達すると、そこでは気の早い糞の民たちが、集団で気勢を上げています。
　結局敵も味方も根が単純なシャワーズ族です。もう勝った気分でお祭り気分の糞の民は、笑顔で祝勝の騒ぎを始めていました。
「我々の勝利だ」
「素晴らしい、これが自由か」
「全くこれも、神の子クソクレス様のお導きである」
「捕虜の小便の連中は、火炙りにして囲もうぜ」
「こうなったら酒と魚を用意しなければなりませんな。
　そうそう、フンダ君、我が家の地下にある年代物の葡萄酒はまだ見せておらんかったな。あれはまだ昔、ジャボールがこの地に現れる前から貯蔵している代物で、度数はきついが辛味の効いた素晴らしいやつだ。そもそも私は兄ゲイリーに酒の味を教えてもらってな。何の職務も果たさず我々を裏切った駄目な男ではあったが、それだけは感謝しておる。子供の頃に肴の作り方も教えてもらってな。知っているか、鰤の目玉を東方伝来の醤油だれにくべて煮ると、とてつもない美味となる。皆、目玉を気味悪がって口にせんのだがな。従って大量に鰤がとれると私はそれを独り占めできる。漁師冥利に尽きるというものだ。うわっはっは」
「それは良い話を聞いた。ではアヌスミラビリスを連れて、取り敢えず酒樽だけでも持って来ましょうか」
　クソクレスはそこに駆け付け、バビュウムに声を掛けました。
「まだ戦いは終わってはおらぬ。バビュウムよ、ジャボールは何処に行った」
　糞の民とはいえそこはシャワーズ族。勝戦気分で浮かれきっている民の中で、クソクレスからしてみればバビュウムしか声を掛けられる人間がここにはいませんでした。我が子を奪われ、先まで咽び泣いていたヘルフンガとて例外ではなく、芋焼酎を片手に仲間たちと酒盛りの場に加わっています。とても幸せな人々なのでしょう。
「クソクレス様、ジャボールはシャーロッテンブルク宮殿に引き篭もりました」

－つづく－

第十七章：己が意志（4）

「そうか。もう一度ク・ソードで、宮殿ごと叩き潰すか」
　しかしクソクレスの体力は、まだ完全に回復していません。それに、小便の教えを盲信する哀れな民にも、改宗の余地はあるかもしれません。ヘガデルが、そしてこの面前にいるバビュウムがそうであったように、一人でも多くの人々を救える可能性があるのならば、クソクレスはそれに賭けてみたいとも思うのです。
　そのクソクレスの逡巡が命取りでした。クソクレスはジャボールの続く手に反応が遅れてしまったのです。凄まじい洪水がクソクレスたちのいる大地を襲いました。
「皆のもの、伏せよ」
　反撃は、唐突でした。
　ジャボールの命により、シャーロッテンブルク宮殿を囲む、小便で埋め尽くされたお堀の門が放たれたのです。
「何と、まだ味方の兵も残っているのに小便の渦に人々を巻き込もうと言うのか」
　味方をも巻き添えにするその遣り口に、クソクレスは衝撃を受けました。
　高台から押し寄せる小便の量は、かつてヘガデルを襲った濁流をも凌ぐ勢いで、激しく広場を打ち付けました。
　クソクレスは一気に念を集中させて脱糞し、糞の堤防を作りましたが、広場全体を覆うほどのものではありません。バビュウムも放屁で対抗しますが、悲しいかな押し寄せる渦を跳ね返すまでの力はありません。フンダもボットンジャーも、そしてベンジャーの妻ヘルフンガも、その濁流に流され彼方へと流されていってしまいました。
　クソクレスの防壁の中に必死の形相で駆け込んでくる糞の民を見てみれば、その顔は蒼ざめ、戦意も一気に失われていく様子です。
　アヌスミラブリスも危ないと思ったのでしょう。クソクレスの背後で、一瞬排便を止めています。こんなアヌスミラブリス号の姿は初めてです。
　やがて小便の渦が尽き、後方へ海へと流れ去ると、そこにはクソクレスの堤防に守られた、数千の民の姿しか残ってはいませんでした。
　万に及ぶ命が流され、失われてしまったのでした。

－つづく－

第十七章：己が意志（5）

　シャーロッテンブルク宮殿は不気味なまでに、そして静かに、糞の民を見下ろしています。絶望の思いが、糞の民の心を駆け抜けました。
「クソクレス様」
　バビュウムが涙目で、クソクレスに語り掛けます。
「もう、ここまでなのでしょうか」
　しかしそこに立つクソクレスの表情はびっくりするほど穏やかで、笑みすらも浮かんでいます。
　そしてくるりと身を返し両の手を高らかに掲げたと思うと、クソクレスはその場に残る全ての人々に静かな声で語り掛けました。
「我は問う。集いし人々よ、糞を愛で、信じ、生き続ける事を誓うか」
　糞の民も、そして僅かに生き延びた小便の兵たちも、固唾を飲んでその言葉に聞き入ります。
「誓います」
　その声は、流されたと思っていたフンダの声です。脇を見ると、土の中からフンダの左足が出ていたので、バビュウムはそれを引っ張って取り出してあげました。こうしてフンダは、死の渕から生還したのです。
「ち、誓います」
「誓います」
「私も、誓います」
　糞の民は口々に、クソクレスに答えを返しました。
「ならば我、告げるが言葉もはやなし。民よ、糞の教えを胸に、信仰を失う事なく、温かく生きるが良い」
　バビュウムには分かりました。クソクレスは己の命を賭けて一人で宮殿に乗り込もうとしているのです。
「クソクレス様、いかにクソクレス様といえども、一人では」
　バビュウムは両の手を広げ、クソクレスの行く手を阻みました。
「バビュウムよ、私はこれ以上、人々の命を犠牲にする戦いを強要する意志は持たぬ。私ができる事ならば、私の手で救えるのならば、私がその役割を果たせば良いのだ」
「俺たちはまだ闘えます」
　バビュウムの言葉に乗って、糞の民も口々に叫びます。
「俺もまだ闘える。クソクレス様、ご命令を」
「俺も行きます」
「おいどんもよ」
「あと一息です。ジャボールを討つのみなのです」
「どうしても一人で行くというのならば、この私を倒してから行きなさい」
　しかしクソクレスはいきり立つ民に諭すように語り掛けました。
「大きな犠牲を払うであろう。たくさんの死を伴うであろう。
　汝らの糞に掛ける意志は確かに受け取った。
　私には、人の子にない力がある。それ故、最悪なれども敵と刺し違える位の事はできよう。
　汝ら人は、子を育み、糞の意志を末代まで伝えるという役割がある。人には人の、神には神の、そして私クソクレスには、クソクレスの果たす役割がある。ならば我、それを全うするが我が使命」
　そしてクソクレスは、単身シャーロッテンブルク宮殿に歩み去りました。
　その姿を追いかけるのは、フンダです。
「来るのか」
「私の使命ですから」
　足手纏いであろうとも、フンダには、フンダの役割があるのです。
　バビュウムは、その背中をいつまでも、いつまでも見送り続けました。

第十八章：邪（よこしま）なるもの（1）

　小便の民を匿うシャーロッテンブルク宮殿は、強固な石造りの建物です。
　しかし難攻不落に思える宮殿も、決意を固めたクソクレスを押し止めることは出来ませんでした。
　クソクレスの放った糞の一矢は粘土のように壁を崩し、クソクレスを迎え入れるが如く、ぽっかりと穴を開けました。
　悠然と宮殿に足を踏み入れたクソクレスの体からは黄金に輝くオウラが舞い、その光は宮殿の内部をぎらぎらと照らし付けます。
　小便の民の生き残りも僅かなのでしょう、時折物陰の向こうから矢や剣がクソクレス目掛けて襲い掛かってくるのですが、クソクレスのオウラによって一瞬のうちに糞の姿に帰していきます。
「くっ」
　シャワーズの兵たちは攻撃を止め、面前を通り抜けるクソクレスを見守る事しかできません。
　クソクレスのオウラは、クソクレス自身の絶対的な使命感と、傍らに佇むフンダへの信頼感を基として、益々とその輝きを強めます。
　クソクレスは生き延びた残兵には目もくれず、ただ尿の匂いが強まる方向へと足を進めました。
　その先に、真なる敵がいるのです。
　クソクレスは歩みを緩めず、物陰に隠れている兵たちに語り掛けました。
「愚かなるシャワーズの民よ、巻き込まれたくないのなら今しか脱出の時はないぞ」
　人の力ではクソクレスに待ち向かう術はありません。その身を震わせながら、小便の民たちは抵抗を諦めて、次々に宮殿の外へ逃げ去って行きました。
「ここか」
　大きな扉が、クソクレスの前に聳え立っています。その向こうには、また大きな壁がありました。しかしクソクレスには、もはや何の障壁にもなりません。振り翳した糞棒が壁を貫き、さらにその先の壁を破り続けていきました。その幾重にも連なる扉の果てに、邪なる小乗便教祖ジャボールの、小さな姿が現れました。

－つづく－

第十八章：邪（よこしま）なるもの（2）

「はじめまして、クソクレス殿。私の名はジャボール、御覧の通り人間だ」
　宮殿の中とは思えぬ広さの一室は、上階を切り崩して作られた吹き抜けの広間で、人を三千は収容できるほどの幅を誇ります。
　中央の窓際には大きな小便小僧の像があり、その像の下に一人待ち受ける小男ジャボールの姿がありました。
「糞神ブリューワの子、クソクレスである」
　クソクレスの言葉にジャボールは戸惑う事もなく、ただ不気味な笑みを返しました。
「待っていたよ。やはり、神の子であるか」
　ジャボールは、一人、立ち尽くすのみです。
「一人か。他にも生き延びた民がいるはずだが」
「貴公が神の子であるのならば、彼らは足手纏いにしかならん。ここで戦いに巻き込まれて死んでも意味がない。彼らは今、大急ぎで半島を脱出して外界へと向かっている。皆が死ねば小便の教えを伝える者がこの世からいなくなってしまうからな。
　さてやり残したことは多々あるが私の最低限の仕事は終わった。知能的に劣るシャワーズ族に小便の教えを伝えるのは大変だったが、彼らが理解できたのだから、世の民全ても理解できるはずだろう。
　私が死んでも、小便の教えは残るのだ」
「覚悟はできているのだな。最後に問う。何故糞を否定する。大と小とはいえども同じ便。糞を、捨てねばならぬ道理はない」
　ジャボールの笑い声が、無人の宮殿に響きます。
「はっはっは、覚悟とな。
　私の言う事が分からなかったのかな。シャワーズの民は無能ではあれども、真なる教えに目覚めた。そして彼らは教えを人の世に広めよう。もしも貴公に破れるとしても、私は既に役割は果たした。小便の教えを植え付け、種を撒くという役割を。だからもう、覚悟も何もないのだよ。
　しかし、この場に貴公を足止めするぐらいの力ならば私にもある。喜んで、闘い、この身を捧げようではないか」

－つづく－

第十八章：邪（よこしま）なるもの（3）

　ジャボールは、死を恐れてはいません。
　短し命の人間は、時に愚かなまでの潔さを発揮します。善悪に関係なくそれが時に大きな力を生む事をクソクレスは知っていました。クソクレスは、ジャボールを全力で倒すべき敵であると見定めました。
　クソクレスのオウラがフンダを大きく包み込むと、フンダは大きな糞の剣へとその姿を変えました。そしてクソクレスは、両の手に強く剣を握り締め、高く振り被りました。
「では」
　クソクレスは我が身の覚悟を胸に秘め、その意志を剣に込めました。ジャボールは怯みません。
「小便こそが我が信仰。そして全てである。糞如きと同格視されるいわ謂れはない。不浄なる邪神ブリューワの子クソクレスよ、我、人の子なれど、大いなる能力を授かった。勝てぬまで、も」
　その瞬間、ジャボールの体が大きく震えをはじめました。
「勝てぬまで、も、一矢報いる……事は、でき…よ…う…」
　めりめりと音を響かせ、ジャボールの体が大きく膨れ上がっていきました。そして体中捲れあがった皮膚の陰から突起という突起が溢れ出し（訳者注：男性が小便をする際のあれである）、遂にはジャボールのその姿は、人とはかけ離れた大きな邪なる塊へと変貌していきました。
「聖なる小便神オシコジアよ…………我に、お力を！」
　それがジャボールの、人として最後の言葉でした。
　クソクレスはその醜い姿に、嘆きの言葉を打ち付けました。
「邪神に魂を売ったのか。愚かなる人の子よ」
　しかしクソクレスの叫びはもはや、邪獣と朽ち果てたジャボールの心には届きません。

－つづく－

第十八章：邪（よこしま）なるもの（4）

　数多の突起物を全身に纏った球体に姿を変えたジャボールは、宙に舞い、遂にはその中心に位置する口の部分から大きな牙を剥き出しにして、ただぎゃあぎゃあと嘶くだけの怪物と成り果てました。
　クソクレスはフンダの剣に己が念を封じ込め、一気に放出しました。
　フンダの剣の先からは爆発的なオウラの塊が噴出しジャボールの体をかすめます。
「避けたのか」
　もはやジャボールの反射速度は、人のものではありませんでした。
　クソクレスは、再び剣に念を込め直しますが、間隙を突きジャボールはクソクレスの懐に飛び込んできました。
　クソクレスは何とか身を交わしますが、体勢を崩し、反撃ができません。ジャボールは怯む事もなく体中の突起から真っ黄色な小水を撒き散らします。
　その小便は、限りなく臭く、更には酸性で、床といい壁といい、形あるものを溶かし抜いていきました。
　クソクレスの立つ床も例外ではなく、足元に大きなひび割れが入ったかと思った瞬間に、ぼろぼろと崩れ落ちていくではありませんか。クソクレスの体が宙に投げ出されます。
　クソクレスは、三層の階で構成される宮殿の、下の階まで体を叩き落されてしまいました。
　空に舞い続けるジャボールは、おぞましい放尿を緩めません。放尿を受けた建造物は、ぼろぼろと音を立て崩壊していきます。
「うおお」
　クソクレスの体目掛け、壁といい柱といい、たくさんの破片が叩き付けられていきました。
　クソクレスはフンダの剣でそれらを跳ね飛ばしていくのですが、如何せん体力が回復し切っておらず、どうしても一部の欠片を防御できません。アクソポリスと先の闘いにおけるク・ソードの乱発とは、それほどまでにクソクレスの体に影響を及ぼすものだったのです。欠片はクソクレスの肌に突き刺さり、その度にクソクレスの体力は、確実に剥ぎ取られていきました。
　手を緩めることなくジャボールはその数本の突起を束ね、一気に小水を固め合わせ、クソクレス目掛けて放出します。クソクレスはその攻撃をフンダの剣を盾にする事によって防ぎました。

－つづく－

第十八章：邪（よこしま）なるもの（5）

「うぎゃーーーーーーっ、痛てーーーーーーっ」
　剣にその姿を変えたとは言うものの、フンダの魂は、依然としてその中に存在しています。あまりの衝撃に、フンダの叫び声があがりました。
「クソクレス、様……し・み……る」
　クソクレスは構わず剣を振り回し、小水を跳ね飛ばします。
「…………」
　反応がなくなったところを見ると、フンダは失神してしまったのでしょう。大きな声に惑わされる事がないので、クソクレスにとっては好都合です。
　迷いのないクソクレスの一振りに、ジャボールの突起の一本が切り裂かれました。
「ぐおおおおお」
　男性でしか分からない、いや、男性ですらも、その殆どが経験した事などなかろう、想像すらもつかぬ超強烈な激痛が全身を貫き、ジャボールもまた、けたたましい唸り声を発しました。
　しかしその痛みは、益々ジャボールの凶暴性を増幅させるだけで、クソクレスもなかなか二の矢を放てません。ジャボールの放つ全身からの放尿は強烈で、クソクレスも一歩一歩と追い込まれていきます。
　そして、ジャボールはその体をふわりと宙で揺らしたかと思うと、強烈な勢いをもって、クソクレスの全身に向かい、体当たりを仕掛けました。
　これは痛烈な衝撃をクソクレスに与えました。考えれば分かる事ですが、竿の先からどろどろと小便を垂れ流す、何十本にも連なった男性自身の塊が肌身に向かって激突したのです。婦女子であれば一瞬にして、その衝撃で心臓破裂から死に至るまでの衝撃と言えましょう。否、男性であっても耐えられるものではありません。
　神の子たるクソクレスとて、それは同様でした。
　クソクレスの体が、宙に舞いました。
「死ぬのか！」
　やはりクソクレスの体は戦いに赴くまでには回復していなかったのです。
　クソクレスの全身が宮殿の床に叩き付けられました。
　その衝撃で宮殿の屋根が崩れ落ち、その一部はクソクレスを、容赦なく打ちのめしていきました。
「神の子たる私クソクレスが、死ぬと言うのか」
　しかし、神の子とて不死ではありません。人より長い寿命を持ち強い肉体を持つだけの生きとし生ける生命体の一つに変わりはないのです。
　ゆっくりと、ジャボールが降下をはじめました。
　クソクレスには、止めを刺しに降りてきたのだと分かります。
　ジャボールの全身を構成する何本もの突起物が、クソクレスに標準を向けてぴたりと照準を合わせました。
　薄れ霞む意識の中でそれを目にしたクソクレスは、最後の力を振り絞り立ち上がろうとするのですが、その意志に反し、足も、手も、首も、全く動きを見せません。
「だらしない、ここが限界か。これが神の子たる私、クソクレスの限界か」
　クソクレスは死を目前にしてその耳を澄ましてみるのですがクソーラの声は聞こえて来ません。そしてやはりここでも父ブリューワの呻き声が聞こえてきたのですが、クソクレスはとうとう幻聴が聞こえるまでになったのかと、遂にはその運命を受け入れました。
「バビュウムよ、そして人の世に行き続ける糞の民よ、後を頼むぞ」
　ジャボールの小便が、クソクレスを目掛けて注ぎ込まれました。
　クソクレスの全身が、小便の渦に巻き込まれていきました。

第十九章：約束の地（1）

　クソクレスの体中に、大きな衝撃が圧し掛かりました。
「？」
　永遠の闇の中に自分はいるのかと、クソクレスは思いました。
「何だ、どうなった、の、だ」
　クソクレスは、今自分が何処にいるのか分かりません。
「私は、死んだのか？」
　遠くでぎゃあぎゃあと喚く、ジャボールの声が聞こえます。
「ここはまだシャーロッテンブルク宮殿の中か。奴が、ジャボールが止めを刺しに来たのか」
　大勢の人々の声が、聞こえてくる気がします。
「ここは夢の中か」
　ジャボールの声は悲痛で、まるで幼子の泣き声のように、クソクレスの耳に遠く響きます。
「一人ぼっちの幼子が、ああ言う声で泣く」
　しかしその叫びは幻にしては明確で、更には体中の痛みが治まるにつれ、はっきりと、泣き声とざわめきが聞こえてくるのです。
「クソクレス様、お返事を」
「怪物の動きを止めろ」
「シッコネン、戸惑うな、怪物の口を狙え」
「！」
　がばっとクソクレスが身を起こすと、そこは宮殿の床に広がる糞の中でした。とても一人分とは考えられぬ、たくさんの糞量です。
「クソクレス様！」
　糞に塗れたクソクレスの上半身をバビュウムが支えます。
　アヌスミラブリス号が、クソクレスに脱糞を注いでいます。
　見るとその先では、ウンコー・ベン・リンベンの民をはじめとする大勢の人々がジャボールに糞を投げつけて動きを止めているではありませんか。その中には、軍馬に乗ったベンジャーやシッコネン、そしてアクソポリスの人々の姿も見えます。さすがのジャボールも、数千を越える人々の糞を、一気に投げつけられれば手が出せません。

－つづく－

第十九章：約束の地（2）

「何だ。何が、起こったのだ」
　クソクレスの意識はまだ空ろです。
「俺たち皆で、倒れているクソクレス様のお体に向け、脱糞したのです。百、千……いや、もっとだ！もっとたくさんの、たくさんの糞を！」
　ブビュウムの叫び声で、クソクレスは一気に目を覚ましました。
「皆のもの離れろ。ジャボールは私が倒す」
　それを聞いた群衆の糞を投げつける手が止まりました。
「この怪物が、ジャボール？」
　馬上のベンジャーが、糞弾を握り締めたままその目を見開きます。
「子を奪い、妻を奪い、仲間を奪い、信仰を奪い、全てを奪った挙句、化け物に身を売ったというのか、ジャボール」
　しかし、もうジャボールに人の心はありません。ただぎゃあぎゃあと泣き喚き、小便を四方に発するだけの存在なのです。
　ベンジャーの目に、涙が溢れました。
「俺のこの怒りも、思いも、もう届かないのか。襟首を捕らえて言葉を叩き付ける事も、罵声を浴びせる事も、責任を問う事も、罪を償わせる事も、もう何もできないというのか！」
　ベンジャーは、傍らの糞の民から奪い取ったベットゥーリの剣を手にすると、それを両手にジャボールに突進しました。
「危ない、人の子が触れられる敵ではないぞ」
　クソクレスが叫びます。
　しかしジャボールは、我が子の形見である剣を振り被り、ジャボールにそれを激しく叩き付けました。
「ぎゃあああああああ」
　ジャボールの上半部が、ぱっくりと二つに割れました。中からはとてつもない量の小便が溢れ出て、ベンジャーの体を包み込みます。
「うわああ」
「隊長！」
「来るな、シッコネン」
　それを見たクソクレスの心に、炎が灯りました。
「ク、クソクレス、様……」
　ジャボールに剣を突き刺し、我が身を小便に溶かしつつも、ベンジャーが叫びます。
「クソクレス様、浄化を！」
　その雄叫びが、クソクレスの体を打ちました。

－つづく－